西への出口

読み終わった。訳は藤井光。

西への出口 (新潮クレスト・ブックス)

西への出口 (新潮クレスト・ブックス)

 

中東を思わせるある街で若い男女が知りあった。二人は人目を忍ぶ恋人同士になるが、内戦の拡大で街は荒廃し、命の危険を感じるようになる。そんな中、国境を越えられるという「扉」の噂を耳にした。ギリシャ、ロンドン、そしてカリフォルニア。「扉」を通るごとに二人は人生を切り開いていく…

んーよかった!イスラム原理主義勢力の台頭、紛争による大量の難民の発生など、今世紀に一気に噴出した政情不安による大規模な「移動」を背景とする恋愛の物語。移動する人々を監視する目には見えないドローンの存在や、ロンドン周辺に移動してきた人々のための都市が建設される場面の描写にはSFみもある。近未来の予告ととれるけれどホロコーストに至る過程を感じることもあって、繰り返される歴史のことについて思いを馳せたりしました。「移動/移住」という言葉の意味の広さ、深さに気がつく。人と別れる時、新しく知りあった人たちと付き合う時、もう会えない人のことを考える時、心変わりして愛していた人から離れていく時。そんな時もわたしたちは「移動/移住」していると言えるのだろう。ナディアのセクシャリティが変化するものまた「移動」なのだなと思う。「扉」がある街に新宿が出てきたことも面白かった。

私たちはみな、時のなかを移住していく。

グローバル化が進み、テクノロジーと格差がどんどん際立っていったら、時間が経つにつれて周りの風景はどんどん変わっていく。ずっと同じ場所に留まっていたとしてもそれは「移住」していくということ。舞台の書き割りだけが変わっていくように。

著者のモーシン・ハミッドは1971年生まれ、パキスタン出身。現在はパキスタン、ロンドン、ニューヨークを行き来する生活を送り、「現代のグローバル的状況に対する一流の批評家」とも呼ばれている。

訳者あとがきでご家族に感謝を述べられている言葉がとてもいい。「最愛の妻」って言いたくてもなかなか言えないよ(特に日本人の男の人はそういう印象)。

この時、決断をされた本が今作なのではないかな。また戻ってきてくれてよかった。