犬と負け犬

ジョン・ファンテ『犬と負け犬』を読み終えた。 翻訳は『満ちみてる生』に引き続き栗原俊秀さん。 

犬と負け犬

犬と負け犬

 

「だめな夫」、「ろくでもない父親」、「家族を満足に養うこともできない人生の落伍者」を自任する中年作家ヘンリー・モリーゼは、カリフォルニアのマリブに立つY字型の邸宅に、妻ハリエット、および、息子三人と娘一人からなる子どもたちとともに暮らしている。彼は家も家族も捨て、ローマで人生をやり直したいという願いを抱えている。ある日、彼らの前に一匹のばか犬が姿を現す。すったもんだの末、その犬を「スチューピド」と名付けて飼い始めるが、それからひとり、またひとりと子どもたちが去っていく…

解説によると本作はファンテの作品の中で全篇にわたり父の視点から書かれている唯一の作品、とのこと。『満ちみてる生』は息子の視点であった。子どもたちはみんな問題だらけだし、妻もちょっとおかしいし、語り手のヘンリーもその苦しむ様子にほろりとさせられるかと思えば、次のページでは「負け犬のくせに!」と罵りたくなるくらいクズに成り下がっている(特に息子の黒人の彼女に対して)。救世主になるのかと思った犬はばかだ。絆が深く、いつでも一致団結しているイメージのアメリカの家族像をぶっ壊し、ずっとリアルで切実でおかしみのある物語だった。登場人物は父、母、息子、娘、飼い犬、という役割をはぎ取られ、ひとりの人間/動物として立ち上がっているように感じた。ファンテは傷や痛みがなければ物語が紡げないのだろう。生きていくなかではそれらがどうしてもつきまとってくる。傷口に涙がしみる、その痛さにまた泣く、治ってきたころまた新しく傷ができる。そんなことを当たり前だと思いながら、人間も犬も時間をやり過ごしていくのだろう。時が過ぎることだけが慰めである。

ちなみに本書を原作としてフランス映画が制作されている。


My Stupid Dog / Mon chien Stupide (2019) - Trailer (French)

トレイラーを見る限りちょっとコメディよりなのかな、とも思いつつ、フランスなので最後にずーんと重みがきそうな気もする。何にせよ出てくる犬は秋田犬ではない。